2学期が始まると、職員室で「今年の弁論、だれにする?」という会話が始まります。英語科に配属されて数年目でも、この指導だけは引き継ぎ資料が残っていないことが多い。前任者は前任者で毎年その場で組み立てていて、書き残す余裕がなかったからです。
一方で、生徒にとっては学校生活で数えるほどしかない「英語を本気で使う経験」です。指導の順番さえ決まっていれば、放課後15〜20分を週3回、4週間で本番に立てます。この記事では、校内選考から当日までの設計を一本の線にまとめます。
まず要項を読む——大会によって決まりが違います
全国規模の大会としては、高円宮杯全日本中学校英語弁論大会(読売新聞社・日本学生協会基金主催)がよく知られています。中央大会は11月下旬ですが、指導の日程を決めるときに見るべきはこちらではありません。生徒が最初に立つのは都道府県大会で、その申込締切がすべての起点になります。
都道府県大会は8月下旬から10月上旬に集中し、申込のときに弁論原稿を添えて提出する県が多く、締切は8月中というところも少なくありません。2026年度(第78回)の例では、東京都と大阪が8月21日、神奈川が8月20日締切で、いずれも申込時に原稿が要ります。9月上旬が締切の県(愛知9月2日など)では、締切後の原稿の手直し・差し替えを認めないと明記している要項もあります。
つまり「2学期に入ってから代表を決める」では間に合わない県が相当数あるということです。実質の執筆期間は1学期末から夏休み。他校の先輩から聞いた話や去年の記憶で動くと危険なので、指導を始める前に今年の要項を必ず自分で読んでください。とくに次の4点は、原稿を書かせる前に確認しておかないと後戻りが発生します。
- 申込締切と提出物。申込時に完成原稿が要るか、締切後の差し替えが認められるか
- 制限時間(弁論はおおむね5分で、超過した場合の減点規定が要項に書かれています。県によっては「4分以上5分以内」のように下限が示されることもあります)
- 剽窃・引用・生成AIに関する条項。年度によって変わります(高円宮杯では第78回の要項から生成AIの条項が加わりました)
- 暗唱の部があるか。ある場合の課題文の指定。暗唱は応募方法・課題文・制限時間まで都道府県ごとに異なり、中央大会に暗唱部門はありません
逆算のスケジュール——起点は「申込締切」
原稿づくりから本番までは実働4週間を見ておくと、部活動や行事と衝突しても組み替えがききます。数えはじめるのは大会当日ではなく申込締切からです。ここを取り違えると、まるまる1か月ずれます。
| 時期 | やること | つまずきやすいところ |
|---|---|---|
| 申込締切の6〜5週間前 | 要項の確認・校内選考の告知 | 締切を大会当日から逆算して1か月ずれる |
| 4週間前 | 相手と体験を決める・日本語でメモ | いきなり英語で書かせて手が止まる |
| 3週間前 | 英語化・中身と構成の添削 | 添削の往復が終わらない |
| 2週間前 | 英語の添削1回・清書(ここで原稿を確定) | 締切間際まで直して覚え直しになる |
| 1週間前〜大会当日 | 暗記の段階1〜3→通し練習・場所と聞き手を変える | 提出後に原稿を直したくなる(もう直さない) |
締切に原稿を出したあとも、大会当日までの数週間は暗記とデリバリーに使えます。逆にいえば、2学期に残るのは原稿づくりではなく仕上げの時間です。原稿の変更を「清書で終わり」と最初に宣言しておくのが、この日程を守る唯一のコツになります。
校内選考——指名で連れてくると、4週間がまるごと消える
代表の決め方には、英語の成績上位者に声をかける方法と、希望者を募る方法があります。前者は速い代わりに、本人にやる気がない場合、原稿の中身が最後まで出てきません。スピーチは「話したいことがある」状態から始めないと進まない指導です。
おすすめは、授業を1時間だけ使う方法です。スピーチ原稿づくりシートの表を全員にやらせます。①聞き手と体験を決める(10分)→②4部品で日本語メモ(20分)→④の型を使って、つかみと体験を英語で2文(10分)→ペアで声に出す(10分)。日本語で中身を作ってから最後に英語へ渡す順番なので、この1時間で全員が「自分の体験を英語で話す」ところまで行けます。そのうえで希望者を募ると、手を挙げる生徒が変わります。
この方法にはもう一つ利点があります。選に漏れた生徒のメモがそのまま学期末のスピーチ発表やパフォーマンステストの原案になるので、1時間ぶんの授業が無駄になりません。
原稿指導——テーマではなく「相手」と「体験」から
生徒に「テーマは何にする?」と聞くと、たいてい環境問題・平和・SDGsのような大きな言葉が返ってきます。そこから体験を探すのは順番が逆で、書き出しても一般論の作文になります。
最初に決めるのは次の2つです。
- だれに聞いてもらうスピーチか(同じ学年の人・これから部活を決める1年生・毎日会う家族)
- そう思ったきっかけになった、自分の体験を1つ
相手が決まると語り方(呼びかけるのか、打ち明けるのか)が決まり、体験が1つ決まると構成はほぼ自動的に決まります。1週目は英語を書かせず、日本語のメモと「口で3分話す」までにしてください。ここで話せないものは、英語にしても話せません。
構成は4つの部品に固定すると迷いません。
- つかみ:問いかけ・音・数字で耳を止める
- 体験:いつ・どこで・何が起きたか。ここだけは場面が見えるくらい詳しく
- 気づき:その体験から考えたこと
- 呼びかけ:聞いた人にしてほしいこと。ここで最初のつかみに答える
体験を2つ以上入れないことも先に伝えます。持ち時間が限られたスピーチでは、体験を足すほど1つあたりの描写が浅くなり、聞き手には何も残りません。
語数の目安は、読む速さを1分あたり100〜120語として計算します。3分なら300〜350語、5分なら500〜600語という計算になりますが、本番は間を取るぶんだけ長くなるので、5分の大会なら450〜550語で作らせるのが安全です。制限時間は上限であって目標ではありません。超過に減点を定める要項は多く、時間そのものの不足を減点する規定はまず見かけないので、迷ったら短い側に振ってください。早口で語数をかせぐより、短くして間を取る方が伝わります。
赤ペンを入れる順番——中身→構成→英語
添削でいちばんよくある失敗は、1回目から英文法を直してしまうことです。生徒は書き直しに追われ、中身を考える時間がなくなります。見る順番を固定してください。
- 中身:その子にしか話せない体験が入っているか。「この場面、もっと聞きたい。何が見えた?」と聞き返す
- 構成:最後が最初に答えているか。体験は1つに絞れているか
- 英語:時制・主語と動詞の一致・言いにくい語。ここは3週目に1回だけまとめて
そして、大人が書き直した文は本番で必ず止まります。言い回しを変えたいときは、こちらが2つ案を出してどちらか選ばせる。選ぶ作業なら本人の言葉のまま質が上がり、「なぜそちらを選んだか」を言わせれば指導にもなります。英語らしい表現を教えたくなりますが、本人が言えない語を1つ入れるより、言える語で最後まで通す方が審査でも強い。
剽窃と生成AIの線引きは、書き始める前に言う
多くの大会で、原稿は本人が書いた未発表のものと定められ、剽窃は失格の対象です。高円宮杯の第78回開催要項(中央大会・都道府県予選とも同じ文言)は、弁論内容を生徒自身の意見・主張をまとめた未発表のものとしたうえで、剽窃を厳に禁止し、引用はそれと分かる表現で明示すること、生成AIにより作成された弁論では応募できないこと、違反した場合は失格とすることを定めています。生成AIの一文は第76回までの要項にはなく、今年から加わったものです。
よくある質問はもう少し細かく、単語や言い回しの選択肢を広げる目的でAI翻訳・生成AIを部分的に使うことがあったとしても、最終的に生徒自身が自分の責任で意見・主張を英語でまとめる必要があり、これに反する使い方は大会の精神に反して容認できない、と説明しています。辞書のように使うところまでを一律に禁じているわけではなく、原稿を書かせたら失格、という線です。審査の対象になるのは口頭で発表されたスピーチのみ、という点も押さえておきます。
この線引きは、原稿ができてから伝えると手遅れになります。1週目に生徒と一緒に読み、「調べたことを使うのは良い。ただし自分の言葉で言い直すか、引用だと分かるように言う」まで具体的に決めておいてください。ALTや英語が得意な保護者に見てもらうのも、直してもらうのではなく「意味が伝わるか」を聞く形に限定すると安全です。
暗記は5段階に分ける
「覚えてきて」とだけ言うと、生徒は文字を丸暗記します。本番で1か所つまると全部飛ぶのはこのためです。次の順番で、意味と音の側から入れていきます。
- 音を入れる:教師やALTの読みを聞いてまねる。読めない語をゼロにする
- 意味の固まり:スラッシュを入れて区切る。どこで息をつぐかを決める
- 半分見ないで:1文読む→顔を上げて言う、を繰り返す
- 通しで言う:立って時間を計る。毎回ほぼ同じ時間になれば仕上がり
- 伝える:3人の前で言う。聞いた人が内容を言い返せるかで測る
音の入れ方の負荷設計は音読指導の設計と同じ考え方です。段階3は Read and Look up そのもので、帯活動の1分暗唱チャレンジ——今週の基本文5文を、見ないで何文言えるかペアが判定する——を普段から回していれば、代表の個別指導で段階を説明する必要がありません(素材は教科書の基本文なので、スピーチ原稿の練習はこれとは別に時間を取ります)。録音を渡してモデルにする場合、ALTの自然な速さは中学生には速すぎることがあるので、少しゆっくり読んでもらったものを別に録っておくと練習が回ります。
デリバリーで言うことは4つだけ
指導の終盤は、あれもこれも言いたくなります。しかし本番前に増やすほど生徒は固まるので、伝えるのは4つに絞ります。
- 間:つかみの後と、いちばん伝えたい文の前で1拍
- 視線:1文につき1人。会場の3か所を決めておく
- 強弱:原稿の中で強く言う語を丸で囲ませる
- 速さ:緊張すると速くなる。練習は本番より少しゆっくり
ジェスチャーは足しません。手を動かすより、止まって目を見る方が印象に残ります。発音も全部は直しません。直すのは題名と、繰り返し出てくるキーワードだけ。優先順位のつけ方は発音指導の優先順位にまとめています。
ALTとの分担
ALTに「添削お願いします」と原稿を渡すと、英語としては自然でも本人が言えない文章になって返ってくることがあります。頼み方を分けると噛み合います。
- 教師が見る:中身・構成・大会の決まり・本人が言えるかどうか
- ALTに頼む:意味が伝わるか(伝わらない箇所の指摘まで)、モデル音声の録音、本番前の聞き手役
「直してください」ではなく「意味が分からないところを教えてください」と頼むのがコツです。指摘だけ受け取って、直すのは生徒本人にさせます。この頼み方を毎回の授業でも回すなら、ALT打ち合わせシートの「見せ場」と同じ考え方です——何をしてもらうかを、こちらから具体的に1つ決めて渡します。
当日と、そのあと
当日は、会場の広さと聞き手の遠さで声の出し方が変わります。可能なら開場前に壇上で1回声を出させてください。それが無理なら、前日までに体育館や広い教室で通しておきます。直前は原稿を読み返させず、最初の1文だけを声に出して確認させる方が落ち着きます。
そして、大会が終わったら教室に持ち帰ります。全校放送や学年集会で発表させる、英語の授業で1回披露させる、原稿を掲示する——どれでも構いませんが、代表の経験を英語科の外に見せると、翌年の希望者が増えます。行事を授業に還元する考え方は学校行事の英語授業活用術と同じです。
入賞しなかった年でも、原稿を書き切って人前で5分話した経験は残ります。指導者側も、手順を1枚残しておけば、来年は選考から始められます。
明日からの一歩
- 今年の要項をダウンロードして、申込締切・提出物・制限時間・生成AIの条項の4点だけ先に確認する
- 締切から6週間前を数え、校内選考に使う授業1時間の日を決めて学年に伝える
- 「原稿は清書で確定、そのあとは直さない」を最初の指導日に宣言する——直前の手直しは覚え直しの負担で本番の出来を下げます
原稿づくりと練習の記録はそのままスピーチ原稿づくりシートに落としてあるので、印刷して渡すところから始めてください。